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たどつ や~い 多度津町 TADOTSU TOWN

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東日本大震災の被災地を訪れて

 暖かいと言うよりも時折、肌が汗ばむような若葉、青葉薫る新緑の好時節となってきましたが、過ぎ去ったゴールデンウィークは皆様にとって有意義な休暇となったでしょうか? 私は5月3・4・5日(2泊3日)に東日本大震災被災地の石巻市、気仙沼市、南三陸町へ行って来ました。今年の3月にうどん炊き出し隊としてボランティアで石巻市を訪れたメンバーには、丸亀の中学生と共に多中生5名も参加していましたし、私の妻も同行していましたので、お世話になった方々に御礼を言うことと、復興状況を視察するために妻と訪れました。仙台まで新幹線で行き、レンタカーを利用して各地を廻りました。park石巻市に着いてすぐに日和山公園に向かいましたが、震災時にテレビに映し出された映像がよみがえってきました。海岸そばの病院の屋上で助けを求めている人々、屋上まで避難できなくて命を落とした人々、津波によって壊された墓石の塊など、公園の高台からの映像とリポーターの報告が思い出されて胸を締め付けられました。2年2ヶ月程経過しているのにいまだにこんな現状なのかと復興の遅れを目の当たりにし、やはり行政の責任は大きいなぁと痛感しました。

 続いて訪れた、大勢の子どもたちと先生方が犠牲になった大川小学校は、被災したそのままの姿でひっそりとたたずんでいました。多くの人が慰霊に訪れていて、慰霊碑には千羽鶴と線香の煙が悲しみにくれているようで、時間が止まったままの風景に尚一層悲惨さがこみ上げてきました。

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小学校のすぐそばを、北上川が水量多く勇壮に流れていて、小学校の隣には小高い山があり、すぐにこの裏山に避難していれば、たくさんの幼い命を失わずにすんだのに・・と悔やまれます。しかし、この裏山の形状は急斜面で雑木が生い茂っていて、低学年に登らせるには過酷な気がするし、やはり、想定外も想定して高い裏山への避難路を造り、避難訓練をしておく必要性があったんだなあと思い知らされました。しかし、今だから言えることで、地震発生時の避難場所の選択は先生方にとっても判断がむつかしかったんだなぁと同情します。

 

 この大川小学校から、うどん炊き出し隊がお世話になった名振地区まではそれほど遠い距離ではなく、周りを山に囲まれた漁村の仮設住宅におじゃましました。うどん炊き出し隊一行は、ここの一時避難場所だった旧小学校体育館に宿泊しましたので私たちも同じように自分たちの食料と寝袋持参で参りました。着いてびっくり。仮設住宅に住んでいるほとんど全員の方々が体育館に集合していて、地元の豪華な食事まで用意して歓待してくれました。思いがけないおもてなしに感激していたら、炊き出し隊がきてくれた御礼を言われました。先にこちらから御礼を申し上げるべきなので、恐縮して御礼を申し上げましたが、大変喜んでくれました。妻のメル友になっている大和さんのご主人と長い時間語り合いました。被災当時の大変だったことや津波に襲われた人々の悲惨な様子など、様々なことを聞かせてくれました。この名振地区は旧雄勝町だったのが平成の大合併で石巻市に編入された為、以前からの石巻市のようには復興事業が進まなくて、役所へ行っても、情報の伝達が遅く、状況の把握が難しかったと嘆いていました。へき地だからこそきめ細かい住民サービスが求められるのに・・・。その夜遅くまで歓談させていただいて寝ようと思ったら、布団を敷いて毛布も用意してくれていて、感謝でした。持参していた寝袋は必要ありませんでした。翌朝も私たちの起床時間にあわせて朝食をこしらえてくれました。shore特産物のワカメなどめずらしい具材たっぷりでおいしく食が進みました。食事をしながら、その場にいた5名の方々が自分たちの周りで起こった出来事を話してくれました。一旦非難した近所の人が、みんなが制止するのも聞かずに明日必要なトラックを取りに浜辺へ降りて行って、みんなが見ている前で津波に飲み込まれてしまったこと、子どもを津波にさらわれてなくしてしまった母親が後日自殺してしまったこと、また、自分で命を絶つことはしなかったが、精神的な障害を負って入院してしまった母親のこと、すべてが、自分たちの日常生活圏での出来事。気がついたら2時間程経過していました。別れを惜しみながら、皆さんに心からの感謝と御礼を申し上げて、再会する時は仮設住宅ではなく、新しく建替えた自宅であることを心から願っておりました。

 石巻を後にして、もうだいぶ慣れてきたなぁと感じながら、レンタカーを駆使して南三陸町へ向かいました・・・・。

 続きは後日ご報告いたします。乞うご期待を・・・。

 

                                                 多度津町長  丸尾 幸雄


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